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2012年6月23日 (土)

「亡国のイージス」

★★★★★。
 おかしいよね。なんてワンパターンなんだろう。直情径行で人情派でちょっと世の主流からははずれていながらなおも心に熱いものを抱いた中年男と、片やクールで妥協を知らずただただ真っ直ぐに突き進むことしかできない鋭い切っ先のような若い男。そう、「川の深さは」の桃山剛と増村保、「Twelve Y.O.」の平貫太郎と辻井護、そしてこの作品でいえば仙石恒史と如月行だ。汚濁の世に絶望し自分の信念に向かって脇目もふらず命すら投げ出して半ば盲目的に突っ走るしか知らない若い魂に、人が生きることの尊さ、人生を賭けるに値するもっと熱いものの価値をアウトサイダー中年が語りかける。そしていつしか氷が解けるようにお互いの間に人と人とのかけがえのない絆が生まれて行く。すべてそんな物語なのだ。
 如月の言葉、「生き甲斐だ。生きててよかったって思えるなにかだ。それがあるから、人は生きていけるんだって……そう教えてくれた人の言葉を、おれは信じる」。仙石でなくたって、泣けるだろうさ。これだけ信頼されて奮いたたなけりゃ男じゃない、いや人間じゃない。このずっと後で、仙石を解放する手立てを整えておいて最後の最後の手段で如月がスクリューに爆薬をしかけに行くシーン。「戻った時、もしあんたがまだいたら、その時は殺す……!」。そこへジョンヒが現われて思わぬ死闘になる。諦めの悪い仙石が背後から加勢して辛くも窮地を脱することができた。このあたりがこの物語の白眉だろう。人と人が信頼できるとは何か。人は何のために生きるのか。理屈でも計算でもなくもっともっと大きなもののためだ。それを痛切に訴えかける。
 艦長の動機が卑小だ、前半部が冗長すぎる、展開がご都合主義だ、などなど多く語られる書評はその通りだと思う。だけどそんな欠点を超えてなおこの物語は感動的に屹立する。裏切られても、撃たれても、絶望のさなかでも、また立ち上る人生の熱さがひしひしと伝わってくるからだ。

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 今日のランニング。25.1 km/166 min。今月の累計距離 219.4 km。

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